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その15分後、父の車に3人で乗り区役所へ向かっていた。
区役所に着くまでのわずかな時間の間にも、私は軽い吐き気に襲われていた。
区役所に着き、私が通うはずだった(福祉課)に行くと、「おはようございます」と吉田さんがやって来た。
「なみさん、具合いかがですか?」と私の顔を覗き込む。出掛けに父が仕事に行けない事情を簡単に電話で話していたのだ。
「いやぁ、これは吉田さん、本当に急なことでご迷惑おかけしまして・・・。じつは、なみが・・」父の言葉の終わらぬうちに私は口をひらいた。
「本当に申し訳ありません。せっかく今日からお仕事させていただくはずだったのに、私のせいなんです!私がいい年して自己管理も出来ないから、こんなご迷惑をおかけすることになって・・・」ここまでしゃべった時、ドッと涙が溢れ声が震えた。「うちにまで来ていただいたのに・・申し訳ございません・・・」私は頭を下げた。たまらず、声を出して泣いた。まわりに座っていた職員達が、なにごとかとこちらを見る。
「いやぁ、なみは吉田さんに区役所のお仕事の件をお話する前から少し体調崩していたのですが、私が軽く考えていたものでこんなことになったしだいでして・・・、ちゃんと吉田さんにそういうことまでお話していなくて、なんとお詫びしたらよいか・・・」
「いやいや、そんなに謝らんでください。なみさんも、どうぞ顔を上げて下さい。今回のことは、大変残念ですが、まぁ、なみさんも体調の方が良くなりましたら、またいつでも連絡して下さい。今日はわざわざ皆さんでお越しいただいて、本当にお手数おかけいたしました」そう吉田さんがしゃべっている間も、私はまわりの視線も気にせず泣き続けた。悔しかった、自分の身体がいまいましかった、そして情けなかった。
区役所を出て車に乗ると、父が
「なみ、今から大学病院にいくぞ。お前は今まで内科で診てもらったりしていたようだが、大学病院には精神神経科というのがある。そこに行ってみよう」
私はただ、「はい」とうなずいた。精神神経科なんて初めて聞くが、とにかく治る可能性があるのならどこでもなんでもすがりたい気分だった。
区役所に着くまでのわずかな時間の間にも、私は軽い吐き気に襲われていた。
区役所に着き、私が通うはずだった(福祉課)に行くと、「おはようございます」と吉田さんがやって来た。
「なみさん、具合いかがですか?」と私の顔を覗き込む。出掛けに父が仕事に行けない事情を簡単に電話で話していたのだ。
「いやぁ、これは吉田さん、本当に急なことでご迷惑おかけしまして・・・。じつは、なみが・・」父の言葉の終わらぬうちに私は口をひらいた。
「本当に申し訳ありません。せっかく今日からお仕事させていただくはずだったのに、私のせいなんです!私がいい年して自己管理も出来ないから、こんなご迷惑をおかけすることになって・・・」ここまでしゃべった時、ドッと涙が溢れ声が震えた。「うちにまで来ていただいたのに・・申し訳ございません・・・」私は頭を下げた。たまらず、声を出して泣いた。まわりに座っていた職員達が、なにごとかとこちらを見る。
「いやぁ、なみは吉田さんに区役所のお仕事の件をお話する前から少し体調崩していたのですが、私が軽く考えていたものでこんなことになったしだいでして・・・、ちゃんと吉田さんにそういうことまでお話していなくて、なんとお詫びしたらよいか・・・」
「いやいや、そんなに謝らんでください。なみさんも、どうぞ顔を上げて下さい。今回のことは、大変残念ですが、まぁ、なみさんも体調の方が良くなりましたら、またいつでも連絡して下さい。今日はわざわざ皆さんでお越しいただいて、本当にお手数おかけいたしました」そう吉田さんがしゃべっている間も、私はまわりの視線も気にせず泣き続けた。悔しかった、自分の身体がいまいましかった、そして情けなかった。
区役所を出て車に乗ると、父が
「なみ、今から大学病院にいくぞ。お前は今まで内科で診てもらったりしていたようだが、大学病院には精神神経科というのがある。そこに行ってみよう」
私はただ、「はい」とうなずいた。精神神経科なんて初めて聞くが、とにかく治る可能性があるのならどこでもなんでもすがりたい気分だった。
車は大学病院へ向かっている。その間、私は興奮気味だった気持ちがおさまると、父の行動について考えていた。昔から私は父の考え方や行動を理解できないことが多かった。父のことはどちらかというと苦手なので、なぜそういう考えをするのか、など気軽に聞ける関係でもないし
・・・。今回も私を働きに行かせようとして、いざ、当日の朝になると青い顔をした私を見て、一緒に誤りに行くと言い、その後まるで前から決めていたかのように大学病院へと私を連れて行く。
もしかして、父は私が働きに行けないことも覚悟して、区役所の吉田さんに恥をしのんで頼んだのだろうか?いい年した娘が体調を崩し、病院に行ってもどこも悪くないと言われ、なのに、会社を辞め病院の薬(胃薬だが・・)を飲んでもいつまでも元気にならず、それどころかどんどん症状はひどくなり、最近では家から出るだけで気分を悪くするため、毎日家に閉じこもり、食事もほとんどとらない。そんな私を見て、もし近い場所でもう一度仕事に行くという目標ができれば、また気持ちが変わって元のように元気になるんじゃないか・・、そんなことを考えて吉田さんに私のことをおねがいしたのではないか・・・?でも、万が一、それでも通えなかった時は恥をしのんで誤りに行き、そして私を大学病院で見てもらうことにしよう、そういうシナリオが父の頭の中にあったのかもしれない・・・。私には理解しにくい父のことだから、これはあくまで私の勝手な考えなのだが・・・。
やがて、車は大学病院の入り口に着いた。表には内科、外科、眼科などと並んで下の方に(精神神経科)と書いてある。
「あったね、精神神経科。なんか初めて聞くけど、どんなことする所なのかしら?」と母。
「なみの場合、普通の内科ではだめなんだ。身体は異常ないんだから。もし、自律神経とか、ほかに原因があるならこういう所で見てもらわないといけないんだ」
車はゆっくりと駐車場へと向かった。
・・・。今回も私を働きに行かせようとして、いざ、当日の朝になると青い顔をした私を見て、一緒に誤りに行くと言い、その後まるで前から決めていたかのように大学病院へと私を連れて行く。
もしかして、父は私が働きに行けないことも覚悟して、区役所の吉田さんに恥をしのんで頼んだのだろうか?いい年した娘が体調を崩し、病院に行ってもどこも悪くないと言われ、なのに、会社を辞め病院の薬(胃薬だが・・)を飲んでもいつまでも元気にならず、それどころかどんどん症状はひどくなり、最近では家から出るだけで気分を悪くするため、毎日家に閉じこもり、食事もほとんどとらない。そんな私を見て、もし近い場所でもう一度仕事に行くという目標ができれば、また気持ちが変わって元のように元気になるんじゃないか・・、そんなことを考えて吉田さんに私のことをおねがいしたのではないか・・・?でも、万が一、それでも通えなかった時は恥をしのんで誤りに行き、そして私を大学病院で見てもらうことにしよう、そういうシナリオが父の頭の中にあったのかもしれない・・・。私には理解しにくい父のことだから、これはあくまで私の勝手な考えなのだが・・・。
やがて、車は大学病院の入り口に着いた。表には内科、外科、眼科などと並んで下の方に(精神神経科)と書いてある。
「あったね、精神神経科。なんか初めて聞くけど、どんなことする所なのかしら?」と母。
「なみの場合、普通の内科ではだめなんだ。身体は異常ないんだから。もし、自律神経とか、ほかに原因があるならこういう所で見てもらわないといけないんだ」
車はゆっくりと駐車場へと向かった。
私達は大学病院の中に入り、2階にある「精神神経科」に行き受付をすませると、待合室のイスに座った。そこには、私のように一見どこも悪そうにない人が座っているかと思うと、明らかにこういう所の患者とわかるような、奇声をあげたり、やたらと落ち着かずウロウロしている人などがいた。待ってる人は意外に多く、私も30分ほどして、やっと呼ばれた。私一人で広い診察室に入ると、看護士さんがうろうろしているその奥に白衣を着た先生が机をこちらに向けて座っていた。私は向かいのイスに座るように言われ、初めて見る先生と向かい合わせに机をはさんで座った。
先生はチラリと私の顔を見ると「とりあえず、なんでここに来ることになったのか話してくれるかな?」と言った。
私は、突然バスの中で気分が悪くなったことや、通勤途中にあまりの気分の悪さに倒れてしまったこと、内科に通ってバリウムも飲んだが異常なかったこと、また、具合悪くなるんじゃないかと不安でバスに乗れなくなり会社も辞めてしまった事、最近では、家から出るだけで気分悪くなってしまうようになったこと、そして、さっき区役所であった出来事を話し始めた途端、私はまた涙が止まらなくなってしまった。
私が泣き始めても、先生は眉ひとつ動かさず、「少し質問していいかな?」と、淡々とした声で聞いた。
先生はチラリと私の顔を見ると「とりあえず、なんでここに来ることになったのか話してくれるかな?」と言った。
私は、突然バスの中で気分が悪くなったことや、通勤途中にあまりの気分の悪さに倒れてしまったこと、内科に通ってバリウムも飲んだが異常なかったこと、また、具合悪くなるんじゃないかと不安でバスに乗れなくなり会社も辞めてしまった事、最近では、家から出るだけで気分悪くなってしまうようになったこと、そして、さっき区役所であった出来事を話し始めた途端、私はまた涙が止まらなくなってしまった。
私が泣き始めても、先生は眉ひとつ動かさず、「少し質問していいかな?」と、淡々とした声で聞いた。
「え〜っと、まず、あなた最近振られた?」
「・・・いえ」
「じゃあ、恋人は今いるの?」
「今は・・いません」
「前の会社、あなたがやめた会社ね。そこでイジメや人間関係でなやんでた?」
「・・いえ、会社の人間関係は良い方だったと思います」
「じゃあ、最近なにかショックなことはあった?」
「いえ、特になにも・・・」
先生は質問しながら、机の上のカルテらしきものにボールペンでサラサラと書いている。
「あなた、かかりつけの病院で、胃の検査したけど、異常はなかったんだよね」
「はい」
「・・・わっかりました」
先生はそこで、初めてまじまじと私の顔を見た。
「あなたねぇ、自立神経失調症。その中の外出恐怖症だね」
「外出恐怖症・・・?」
「うん、結構多いんだよ。外出恐怖症。一度外で具合悪くなる、すると、またなるんじゃないかと外に出る度に不安になる。で、実際外出するとものすごい不安感に襲われて、また具合悪くなる。それを繰り返すたびに、どんどん外に出るのが恐くなる。だいたい、最初具合悪くなった同じ場所に来ると、それが起こるケースが多いんだけどね」
「先生のおっしゃる通りです。また具合悪くなりそうでとっても恐くてだんだん外に出れなくなりました。特に最初気分悪くなったバスに乗るのが恐くて・・・」
「うん、あと、人ごみ、人の多い場所も嫌だよね?」
「嫌です。人が多いと、息苦しくなるっていうか、具合悪くなったとこ、人に見られたら・・・と思うとまたすごく不安になって・・」
「じゃあ、とにかく治療を始めていきましょう。あなたの場合・・、同じ女性の先生がいいでしょう。由利先生に担当してもらうことにします。とりあえず、週に一回カウンセリングに通ってもらわないといけないけど、大丈夫かな?」
「・・・週に一回ですか、ここまでくるのも恐いけど・・」
「でも、治療だからね、そうしないと治らないよ。治りたいでしょ?」
「・・・はい、それは」
「じゃ、4日後に来てくれる?その日にご両親も交えて由利先生とお話して、それからは毎週その曜日に来てください」
「・・・わかりました」
私はてっきりこの先生が担当なのかと思ったら、そうではなかった。たぶん、この先生は患者の話や状態を見て、担当医師を決める先生なのだ。
「はい、じゃあそういうことで。もう今日はいいよ」
カルテに何か書きながら、顔も上げずに先生はそう言った。私は「ありがとうございました」と言うと待合室へ戻って行った。
「・・・いえ」
「じゃあ、恋人は今いるの?」
「今は・・いません」
「前の会社、あなたがやめた会社ね。そこでイジメや人間関係でなやんでた?」
「・・いえ、会社の人間関係は良い方だったと思います」
「じゃあ、最近なにかショックなことはあった?」
「いえ、特になにも・・・」
先生は質問しながら、机の上のカルテらしきものにボールペンでサラサラと書いている。
「あなた、かかりつけの病院で、胃の検査したけど、異常はなかったんだよね」
「はい」
「・・・わっかりました」
先生はそこで、初めてまじまじと私の顔を見た。
「あなたねぇ、自立神経失調症。その中の外出恐怖症だね」
「外出恐怖症・・・?」
「うん、結構多いんだよ。外出恐怖症。一度外で具合悪くなる、すると、またなるんじゃないかと外に出る度に不安になる。で、実際外出するとものすごい不安感に襲われて、また具合悪くなる。それを繰り返すたびに、どんどん外に出るのが恐くなる。だいたい、最初具合悪くなった同じ場所に来ると、それが起こるケースが多いんだけどね」
「先生のおっしゃる通りです。また具合悪くなりそうでとっても恐くてだんだん外に出れなくなりました。特に最初気分悪くなったバスに乗るのが恐くて・・・」
「うん、あと、人ごみ、人の多い場所も嫌だよね?」
「嫌です。人が多いと、息苦しくなるっていうか、具合悪くなったとこ、人に見られたら・・・と思うとまたすごく不安になって・・」
「じゃあ、とにかく治療を始めていきましょう。あなたの場合・・、同じ女性の先生がいいでしょう。由利先生に担当してもらうことにします。とりあえず、週に一回カウンセリングに通ってもらわないといけないけど、大丈夫かな?」
「・・・週に一回ですか、ここまでくるのも恐いけど・・」
「でも、治療だからね、そうしないと治らないよ。治りたいでしょ?」
「・・・はい、それは」
「じゃ、4日後に来てくれる?その日にご両親も交えて由利先生とお話して、それからは毎週その曜日に来てください」
「・・・わかりました」
私はてっきりこの先生が担当なのかと思ったら、そうではなかった。たぶん、この先生は患者の話や状態を見て、担当医師を決める先生なのだ。
「はい、じゃあそういうことで。もう今日はいいよ」
カルテに何か書きながら、顔も上げずに先生はそう言った。私は「ありがとうございました」と言うと待合室へ戻って行った。
待合室に行くと、両親が座っており、私が来ると同時に顔を上げた。
「なんて言われたね?」と父。
「自立神経失調症の外出恐怖所だって」
「まぁ・・、なんか難しいわね」と母。
「で、先生はどんな人やった?」
「う〜ん、なんかカルテばかり見て、愛想なかった」
「なみ!そんな事言うものじゃありませんよ!」母がまわりを気にしながら小声で言う。
「で、しばらく通いなさいって?」
「うん、でも担当は今日の先生じゃなくて、由利先生っていう女の先生になるらしいよ。また4日後に家族全員で来て、いろいろ話しに来てくださいって。それからは、毎週同じ曜日に通わなきゃいけないみたい」
「・・そうか、じゃとにかく会計を済ませようか」
私達は1階に降りた。
とにかく人が多くてここでは一時間待たされた。
会計が終わると、駐車場に向かい車に乗った。
車の中で母は「初めて行ったけど、精神神経科っていろんな患者さんがいるのね」と軽くため息をついた。
家についた時は、もう1時すぎていた。
3人で母が大急ぎで作ってくれたピザパンを食べていると
「なみ、毎週ちゃんと通えそうかね?」と父。
「・・正直、途中気持ち悪くなったらどうしようって、すごく不安」
「うん、だけどね、これからなみがしなければならないのは、毎週ちゃんと病院に通う事だぞ。それが、今のなみの仕事だ」
「・・うん、わかった」
「それにしても、人が多かったわね」
「ほんとだ。ああいう所は待たされるって覚悟しとかないかんね」
両親が話している間、私はテレビを見るふりをしながら、これから毎週、あそこまで通わなければならないことの不安で胸がいっぱいだった。ただ、いままでは、理由もわからず内科でも異常ないといわれ(漢方薬局では自律神経系疾患と言われたが・・)それでも、外出がどんどん困難に、そして不安になっていたのが、やっと今日初めて(自立神経失調症の外出恐怖症)と病院の先生にはっきり診断されたのはある意味とてもホッとした。今まで原因不明だったこの体調の悪さにもちゃんとなにかしらの原因と病名があったことに。
食事が終わり、母と後片付けをすると私は自分の部屋に行き、ベットに倒れこんだ。
今日はいろんなことがあって、なんだかすごく疲れた。少しなにも考えず休みたかった。
「なんて言われたね?」と父。
「自立神経失調症の外出恐怖所だって」
「まぁ・・、なんか難しいわね」と母。
「で、先生はどんな人やった?」
「う〜ん、なんかカルテばかり見て、愛想なかった」
「なみ!そんな事言うものじゃありませんよ!」母がまわりを気にしながら小声で言う。
「で、しばらく通いなさいって?」
「うん、でも担当は今日の先生じゃなくて、由利先生っていう女の先生になるらしいよ。また4日後に家族全員で来て、いろいろ話しに来てくださいって。それからは、毎週同じ曜日に通わなきゃいけないみたい」
「・・そうか、じゃとにかく会計を済ませようか」
私達は1階に降りた。
とにかく人が多くてここでは一時間待たされた。
会計が終わると、駐車場に向かい車に乗った。
車の中で母は「初めて行ったけど、精神神経科っていろんな患者さんがいるのね」と軽くため息をついた。
家についた時は、もう1時すぎていた。
3人で母が大急ぎで作ってくれたピザパンを食べていると
「なみ、毎週ちゃんと通えそうかね?」と父。
「・・正直、途中気持ち悪くなったらどうしようって、すごく不安」
「うん、だけどね、これからなみがしなければならないのは、毎週ちゃんと病院に通う事だぞ。それが、今のなみの仕事だ」
「・・うん、わかった」
「それにしても、人が多かったわね」
「ほんとだ。ああいう所は待たされるって覚悟しとかないかんね」
両親が話している間、私はテレビを見るふりをしながら、これから毎週、あそこまで通わなければならないことの不安で胸がいっぱいだった。ただ、いままでは、理由もわからず内科でも異常ないといわれ(漢方薬局では自律神経系疾患と言われたが・・)それでも、外出がどんどん困難に、そして不安になっていたのが、やっと今日初めて(自立神経失調症の外出恐怖症)と病院の先生にはっきり診断されたのはある意味とてもホッとした。今まで原因不明だったこの体調の悪さにもちゃんとなにかしらの原因と病名があったことに。
食事が終わり、母と後片付けをすると私は自分の部屋に行き、ベットに倒れこんだ。
今日はいろんなことがあって、なんだかすごく疲れた。少しなにも考えず休みたかった。
(9月13日)
その日の午前9時30分、私達家族はまた車で大学病院に向かっていた。あれから4日目、「由利先生」に初めてカウンセリングを受ける日だった。予約は10時。道路がすいてたので、9時45分すぎには病院に着いていた。
2階の精神神経科に行き、由利先生とはどんな人だろう・・と少しドキドキしながら待合室に座っていると、「おはようございます」と廊下を歩いてきた人に声をかけられた。見上げると、白衣を着、髪を後ろに束ねて、メガネをかけた20代後半くらいの女性が立っていた。化粧はほとんどしていない。
「初めまして、今日から担当になる由利です。」
「あ、初めまして。これからよろしくお願いします」私が軽く頭を下げると両親も頭を下げた。
「なみさん・・・でしたね。ではカウンセリングを始めますので個室に移りましょうか」
そう言うと、由利先生はスタスタと廊下を歩き始めたので、私達もあわてて立ち上がり、先生の後について行った。しばらく歩くと個室がいくつか並んいる場所に着いた。その中の一番奥に進み、先生は
「ここです」と扉を開けた。
その日の午前9時30分、私達家族はまた車で大学病院に向かっていた。あれから4日目、「由利先生」に初めてカウンセリングを受ける日だった。予約は10時。道路がすいてたので、9時45分すぎには病院に着いていた。
2階の精神神経科に行き、由利先生とはどんな人だろう・・と少しドキドキしながら待合室に座っていると、「おはようございます」と廊下を歩いてきた人に声をかけられた。見上げると、白衣を着、髪を後ろに束ねて、メガネをかけた20代後半くらいの女性が立っていた。化粧はほとんどしていない。
「初めまして、今日から担当になる由利です。」
「あ、初めまして。これからよろしくお願いします」私が軽く頭を下げると両親も頭を下げた。
「なみさん・・・でしたね。ではカウンセリングを始めますので個室に移りましょうか」
そう言うと、由利先生はスタスタと廊下を歩き始めたので、私達もあわてて立ち上がり、先生の後について行った。しばらく歩くと個室がいくつか並んいる場所に着いた。その中の一番奥に進み、先生は
「ここです」と扉を開けた。
先生がドアを開けてくれたので、私達は部屋に入った。
白い壁になんの飾りもなく、なんとなくうそら寒い、いかにも病院という感じの狭い部屋だ。中にはねずみ色の机とパイプイスが置いてあるだけ。先生が机の奥に座り、私達は机を挟んで向かい合わせに座った。
「初めまして。この前、川谷先生からだいたいのことは聞いたけど、今日はここまで来る途中、具合悪くならなかった?」
初めて病院へ着た時、いろいろ私に質問した中年男性の先生が「川谷」という名だったのは、今初めて知った。 「はい。今日は大丈夫でした」
「え〜っと、なみさんは、21歳でしたね・・。この前も川谷先生に話したと思うけど、もう一度私にも今までのこと聞かせてくれる?」
私は、もう一度最初に具合悪くなった日のことから話し始めた。
「そう・・、大変でしたね。で、今は毎日お家にいるのかな?」
「はい、外に出かけると気分悪くなるので・・」
「気分が悪い時ってどんな感じになっちゃうの?」
「その時々で違うけど、例えば胸や首に石が詰まっているみたいになったり、手が汗でビッショリになって、心臓がドキドキして、胃の辺りがムカムカするし、頭がボーっとしてすごい不安感に襲われるって感じ」
「そっか、じゃあそうなった時あなたはどうしてるの?」
「深呼吸する。そして落ち着こうとする。でも、全然ダメでますます具合悪くなるんです」
「そう、良くならないのね・・。お父様とお母様は、いつ頃なみさんの体調に気づかれましたか?」
「なみが、あちこち内科に通い始めた時おかしいなと思いましたが、本人は神経性胃炎と言われたと言ってましたし・・ただ、会社を休みがちになった時おかしいなと・・・。でも、正直最初は、会社でなにか嫌なことでもあってさぼっているだけかとも思ってました」と父。
「私も会社を休み始めた頃、なんとなく体調悪いのかなぁと思いました。食欲もなくなって、顔色もあまり良くなかったし。でも、やっぱり主人の言うように、最初は会社が嫌でさぼってるだけかと・・・。ただ、会社を辞めて毎日家にいる、なみの様子を見てると本当に体調悪いんだなと思い始めました。」
「そうですか。内科で調べてもらっても胃炎としかいわれなかったんですもんね・・・。でも、ご両親に知っていただきたいのですが、なみさんの病名は外出恐怖症といって、これはりっぱな病気です。治療や投薬も必要とします。なにが原因なのかわからないので、治療にも個人差がありますが、時間がかかりますし、なによりもご家族のご協力とご理解がとても必要です。どうか気長になみさんのことを見守ってあげてください」
「治るのでしょうか?」
「もちろん、早ければ3ヶ月ほどで完治する人もいます。でも、こればかりは、ほんとに個人差がありますので・・・。私もできるだけ早くなみさんが回復へ向かうよう頑張りますが、いつまでに治るというお約束はできません」
「・・・わかりました」
「なみさんも、今はあせって外へ出ようと無理せず、とりあえず毎日自分のしたいことをして、体調が悪ければ横になり、自分の心と身体の声に耳を傾けて生活してみて下さい。ただ、治療にだけは頑張って通ってね」
「はい、そうします、どうしてもあせっちゃうけど・・」
「そうよね、若いんだもの。でも、今は無理しないでね」
「はい」
「それと、今日からお薬を飲んでもらいます。レキソタンといって、比較的軽い安定剤なので、副作用の心配はほとんどありません。ただ、少し眠くなることはあると思います」
「レキソタン・・?」
「はい。処方箋を書いておくので、これは会計の後1階の薬局でもらって下さい。では、また来週お会いしましょう。来週はカウンセリング、なみさんだけでかまいませんので」
そういうと先生は「それでは」と座ったまま軽く一礼した。私達も「ありがとうございました」と言うと部屋を出て行った。
白い壁になんの飾りもなく、なんとなくうそら寒い、いかにも病院という感じの狭い部屋だ。中にはねずみ色の机とパイプイスが置いてあるだけ。先生が机の奥に座り、私達は机を挟んで向かい合わせに座った。
「初めまして。この前、川谷先生からだいたいのことは聞いたけど、今日はここまで来る途中、具合悪くならなかった?」
初めて病院へ着た時、いろいろ私に質問した中年男性の先生が「川谷」という名だったのは、今初めて知った。 「はい。今日は大丈夫でした」
「え〜っと、なみさんは、21歳でしたね・・。この前も川谷先生に話したと思うけど、もう一度私にも今までのこと聞かせてくれる?」
私は、もう一度最初に具合悪くなった日のことから話し始めた。
「そう・・、大変でしたね。で、今は毎日お家にいるのかな?」
「はい、外に出かけると気分悪くなるので・・」
「気分が悪い時ってどんな感じになっちゃうの?」
「その時々で違うけど、例えば胸や首に石が詰まっているみたいになったり、手が汗でビッショリになって、心臓がドキドキして、胃の辺りがムカムカするし、頭がボーっとしてすごい不安感に襲われるって感じ」
「そっか、じゃあそうなった時あなたはどうしてるの?」
「深呼吸する。そして落ち着こうとする。でも、全然ダメでますます具合悪くなるんです」
「そう、良くならないのね・・。お父様とお母様は、いつ頃なみさんの体調に気づかれましたか?」
「なみが、あちこち内科に通い始めた時おかしいなと思いましたが、本人は神経性胃炎と言われたと言ってましたし・・ただ、会社を休みがちになった時おかしいなと・・・。でも、正直最初は、会社でなにか嫌なことでもあってさぼっているだけかとも思ってました」と父。
「私も会社を休み始めた頃、なんとなく体調悪いのかなぁと思いました。食欲もなくなって、顔色もあまり良くなかったし。でも、やっぱり主人の言うように、最初は会社が嫌でさぼってるだけかと・・・。ただ、会社を辞めて毎日家にいる、なみの様子を見てると本当に体調悪いんだなと思い始めました。」
「そうですか。内科で調べてもらっても胃炎としかいわれなかったんですもんね・・・。でも、ご両親に知っていただきたいのですが、なみさんの病名は外出恐怖症といって、これはりっぱな病気です。治療や投薬も必要とします。なにが原因なのかわからないので、治療にも個人差がありますが、時間がかかりますし、なによりもご家族のご協力とご理解がとても必要です。どうか気長になみさんのことを見守ってあげてください」
「治るのでしょうか?」
「もちろん、早ければ3ヶ月ほどで完治する人もいます。でも、こればかりは、ほんとに個人差がありますので・・・。私もできるだけ早くなみさんが回復へ向かうよう頑張りますが、いつまでに治るというお約束はできません」
「・・・わかりました」
「なみさんも、今はあせって外へ出ようと無理せず、とりあえず毎日自分のしたいことをして、体調が悪ければ横になり、自分の心と身体の声に耳を傾けて生活してみて下さい。ただ、治療にだけは頑張って通ってね」
「はい、そうします、どうしてもあせっちゃうけど・・」
「そうよね、若いんだもの。でも、今は無理しないでね」
「はい」
「それと、今日からお薬を飲んでもらいます。レキソタンといって、比較的軽い安定剤なので、副作用の心配はほとんどありません。ただ、少し眠くなることはあると思います」
「レキソタン・・?」
「はい。処方箋を書いておくので、これは会計の後1階の薬局でもらって下さい。では、また来週お会いしましょう。来週はカウンセリング、なみさんだけでかまいませんので」
そういうと先生は「それでは」と座ったまま軽く一礼した。私達も「ありがとうございました」と言うと部屋を出て行った。
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